人工呼吸と自然な呼吸の違い
まずは陽圧呼吸と自発呼吸が身体に与える影響を知ることが重要です。
自然な呼吸は胸腔内を陰圧にして吸気を行うのに対して、機械換気は陽圧で空気を送り込むため、胸腔内圧が上昇してしまいます。陽圧換気することで起こりうる身体への影響を表に示します。
陽圧換気による影響 | |
呼吸器 | ・陰圧呼吸は下側肺を中心に全体的に肺が広がる(横隔膜下方移動)のに対して、陽圧換気は膨らみやすい肺から膨らんでいく。※臥床だと背側の肺は膨らみにくい ・気道内圧の上昇により、呼吸器関連肺障害(気胸や肺胞損傷)を来す恐れがある。 |
循環器 | 胸腔内圧があがるため、静脈還流量が低下し肺血管抵抗は増大する。 ・右心系(肺循環)では血液を拍出しにくく(後負荷増大)血液が戻りにくくなる(前負荷軽減) ・左心系(体循環)では、血液を拍出しやすい(後負荷軽減)が、負荷が減るため血圧は下がる。 |
腎臓 | 心拍出量の低下によって、腎血流量が低下する。抗利尿ホルモンの上昇と心房性ナトリウム利尿ペプチドの低下が生じ、尿量が減少する。 |
脳神経 | 胸腔内圧の上昇により静脈還流が低下するため頭蓋内の血液量が増加し、頭蓋内圧が上昇する。 |
肝臓 | 心拍出量低下により門脈血流が低下し、肝機能が低下する。 |
精神 | 挿管や気切、発声ができないことに加えて、陽圧換気によるファイティングや不適切な鎮静、身体抑制などにより精神的な影響が発生する。 |
人工呼吸器装着中は上記を理解したうえでバイタルサイン等の観察を行います。
人工呼吸器管理中の観察ポイント
フィジカルアセスメント
- 呼吸数、呼吸の深さ、胸郭の挙上、皮膚色、異常呼吸の有無など
- 呼吸音の聴取、肺のエアー入り、ラ音の有無、左右差の有無など
- バッキングやファイティングの有無、呼吸器との同調性
- 苦痛などの訴え、鎮静・鎮痛の評価
※バッキングとは咳嗽反射が起こっている状態です。(痰や回路内結露があるなど)
※ファイティングとは呼吸器と患者の呼吸が同調せず、吸気と呼気がぶつかるなどしている状態です。
※副雑音(ラ音)の種類と原因を図に表しました。初めは音の区別ができなくてもまずは毎日変化がないか聴取することが大切です。
疼痛・鎮静の管理
近年はどのガイドラインや書籍でも鎮痛主体の管理を行うことを提唱されており、鎮痛と鎮静は別物と考え管理すべきです。さらに人工呼吸器管理下では定期的な観察をする必要があります。
・鎮痛評価スケールはNRSもしくはFS(フェイススケール)を用いてNRS3点以下、FS2点以下となるように鎮痛剤の投与量を調整します。
・鎮静評価はRASSなどの客観的指標を用いて実施し、鎮静薬の投与量変更や鎮静剤の投与変更を行います。
スコア | 状態 | 説明 |
4 | 好戦的な | 明らかに好戦的、暴力的でスタッフに差し迫った危険がある |
3 | 非常に興奮した | 挿入物をしきりに触ったり、スタッフへの攻撃的言動がある |
2 | 興奮した | 頻繁に目的のない動きや呼吸器との非同調がある |
1 | 落ち着きのない | 不安でそわそわしている |
0 | 意識鮮明で落ち着いている | |
−1 | 傾眠 | 鮮明ではないが、呼びかけに10秒以上のアイコンタクトで応答する |
−2 | 軽い鎮静 | 呼びかけに対して(10秒未満の)アイコンタクトができる |
−3 | 中等度鎮静 | 呼びかけに対して何らかの動き、開眼するがアイコンタクトができない |
−4 | 深い鎮静 | 呼びかけによる応答はないが、身体刺激で動き開眼する |
−5 | 昏睡 | 呼びかけ、身体刺激に無反応 |
チューブの管理
挿管チューブ、気管切開チューブの管理は抜けないような確実な固定が求められますが、一方でテープやバンド固定による皮膚の障害にも注意が必要です。チューブの長さ、固定の状況は勤務変更時やテープまき直し時など適宜確認しましょう。また、歯牙の状態を観察しチューブが噛まれないようにバイトブロックを使用する必要があります。
チューブの固定
挿管チューブでは、テープによる固定法と、チューブホルダーを用いた固定方法があります。
・テープによる固定は何面で固定するかや、施設によっても違いがあります。
出直し看護塾さんの動画:気管チューブの固定 出直し看護塾 on the Web
・チューブホルダーで固定する場合は、頬の皮膚障害やサイズ不適合、頬がこけている方、腹臥位療法を行う方に対しては使用できません。チューブホルダーの製品としてアンカーファストなどがあります。(添付文書)
アンカーファストを使用方法の動画(英語ですが手順として参考にできます)
気管切開チューブには、発声のできるスピーチカニューレなど種類も豊富です。
患者さんの頸の太さに合わせてバンドの長さを調整(カット)して装着しましょう。
挿管チューブ固定時の観察
・挿管チューブの長さ(深さ)は頸部の前屈・後屈で±2㎝チューブ先端の位置が変わり、低頭位置では約5mmチューブが深くなるといわれています。
・挿管チューブ固定中は唾液によるテープの浸軟による剥がれや、歯牙の接触・噛みしめによる歯の脱落、口角にあたることでの潰瘍形成を起こす恐れがあります。適宜テープの止めなおしやチューブ固定位置の調整、クッション材を用いた潰瘍予防が必要です。
・口腔内で挿管チューブのたわみがあると、チューブの長さ(深さ)が短くなります。エアリークが多くなった場合や、エア入りが片肺になっている場合はチューブの長さ(深さ)が短すぎるか深すぎている可能性を考える必要があります。
カフ圧の管理
挿管チューブ・気管切開チューブの多くにはカフがついています。エアーを入れることで気管内で膨らみ、換気時のリークの防止、分泌物の垂れ込み防止を目的に管理を行います。
カフ圧はカフ圧計を用いて20~30㎝H₂Oの範囲で圧を調整します。
- カフ圧が低く過ぎる場合:カフ上部の分泌物が垂れ込み誤嚥してしまう。エアリークが発生する。
- カフ圧が高すぎる場合:気管粘膜の虚血・壊死、気管食道瘻を形成してしまう。
カフ圧は吸引などの処置、体位変換等で圧が低下することがありますので前後でカフ圧を確認します。
人工呼吸管理中の合併症予防
人工呼吸器関連肺炎(VAP)
人工呼吸器装着中は、挿管や気切など人工気道を使用しており、肺炎を来すリスクが高くなります。人工呼吸器関連肺炎の発生率は7~40%で、発症後の死亡率は30%程度と言われています。
予防的ケアとして下に示します。
- 適切なカフ圧管理(25㎝H₂O前後)
- 体位変換前の吸引実施
- カフ上部吸引の実施
- 頭側挙上30度以上の実施(病態に応じて)
- 口腔ケアの定期的な実施(施設によってだが6時間毎などに実施)
- 不要な胃管の抜去
- 漫然とH₂ブロッカー(胃薬)を投与し続けない。
口腔ケアを効率的かつ効果的に実施するために、口腔ケアキットなどが販売されています。NOHCS 口腔ケアキット
口腔ケア時はテープ固定であればチューブの誤抜去予防のため2名で行います。
人工呼吸器関連肺損傷(VALI)
陽圧換気そのものや一時的気道内圧の上昇、肺コンプライアンス低下などが要因で肺実質に障害を来たします。
予防ケアとして下に示します。
- 適切な気道内圧上限アラームの設定、モニタリング
- 適切な鎮静の深度、適切な呼吸器設定(ファイティング予防)
- バッキングを予防する(適切な吸引、回路内結露の除去など)
- 高PaCO₂血症を許容してでも容易に吸気圧を上げないなど
自発呼吸誘発性肺障害(P-SILI)
近年ARDSなどの重症例において、均一に拡張しない状態の肺胞に自発呼吸による強い吸気努力が加わると肺障害をきたすことが分かってきています。この強い吸気努力により一部の肺胞が過膨張となり肺障害をきたす状態をP-SILI(ピーシリ)と呼びます。鎮静状態や鎮痛されているか、吸気努力がかかっていないかなど観察・モニタリングしていきます。
予防するために以下を検討します。
- 自発呼吸をなくすために筋弛緩薬使用(長期使用は控えたほうが良い)
- SIMVからA/Cへの設定変更
- 適切なPEEPの設定(高めの設定にする)
せん妄の予防
近年ではせん妄等を含めたPICSの概念が広く認知されてきました。
せん妄を回避するためには、なるべく昼夜のリズムを整えつつ日常に近づけていくことが必要です。テレビやラジオ、新聞の視聴、カレンダーや時計を配置して日付感覚を維持する、夜間は眠れるように環境に配慮するなどさまざまなケアを行っていることと思います。鎮静剤投与下では、SAT(鎮静覚醒トライアル)を1日1回行い、現状を説明し理解を得ていくことも重要です。
鎮静剤の選択も一つの予防となりますのでそれぞれの特徴を表に示します。
薬剤名 | メリット(特徴) | デメリット |
プロポフォール | 半減期が数分であり蓄積が少ない | 特に血圧低下を来しやすい 小児では使えない 細菌感染を起こしやすい(ラインは12時間毎には交換) プロポフォール注入症候群を起こす恐れ 長期投与で耐性ができる 大豆や卵アレルギー、妊産婦には使えない |
ドルミカム | プロポフォールに比べると血圧の影響が小さい | 長期投与で蓄積し、覚醒遅延を起こす 離脱症状やせん妄を誘発する(記憶の維持が困難) 長期投与で耐性ができる |
プレセデックス | 鎮痛効果も併せ持つ 呼吸抑制作用がほぼない 自然な眠りに近いと言われている 単独ルートでなくてもよい | 単剤では深鎮静はかけられない 急速投与(フラッシュ)はできない |
おわりに
人工呼吸器を装着していると、生理的ではない陽圧の換気の影響を受け続けることに加えて、チューブの挿入や安静の制限により強い苦痛を受けます。また人工のデバイスが挿入されているため感染のリスクもあり、人工呼吸器を離脱できるように早期に計画をしていきます。次回はウィーニングから抜管に向けてを紹介します。
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JOさんの動画
- 人工呼吸器について【第1回】人工呼吸器管理の目的、観察とアセスメントの基礎
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