はじめに
ここでは輸液に関する基本的な考え方と、輸液療法がどのように考えられているのかを記載したいと思います。普段何気なく投与している輸液の理由を知ると考える視点が増えると思います。
輸液療法の目的
・輸液路の確保(薬剤投与)
経静脈的に薬剤を投与する必要ある場合で、輸液は必要ないが静脈路を確保しておきたい時に輸液を微量に流すことがあります。
・水分補給・電解質調整
体内の不足した水分や電解質を補うことを目的としており、輸液を行う一番大きな目的です。
・栄養補給
経口的に必要なカロリーが摂取できない状態のときに、代替のカロリーや栄養の補給経路として行う場合。CVカテーテルやPICCカテーテルによる中心静脈栄養をTPNと呼び、末梢静脈栄養をPPNと呼びます。
・体内環境改善(加温・冷却など)
体内の状態を素早く正常に元すために行う目的の輸液。低体温症への加温輸液や熱中症での冷却輸液が行われることがあります。
人体の水分について
人体の体重に占める水分の割合は、小児で70%、成人で60%、高齢者で50%と言われています。
1日の生体の水分出納
体重60㎏の成人として、1日あたりの目安は下の表の通りです。
摂取水分量 | 排泄水分量 | ||
食事・水分摂取 | 2000ml | 尿 | 1300ml |
代謝水 | 300ml | 便 | 100ml |
不感蒸泄 | 900ml | ||
合計 | 2300ml | 2300ml |
人体の体液区分
体重60kgの成人とすると、体液はおおよそ36Lであり下の図のように体液が分布しています。割合としては細胞内液が8割、間質液9割、血管内が3割に分布しています。
脱水の話
脱水とは、水分摂取量が減るか水分喪失量が増えるか(嘔吐、下痢、不感蒸泄、多尿、サードスペースへの移行)によって起こります。
さらに血中Naは、浸透圧を調整して水分を引きつける役割をしますが、そのNa濃度により以下3つに分類されます。
低張性脱水
低Na血症を伴い、相対的に水分量が増えるため血漿浸透圧は低下し、細胞外液が細胞内へと移動する。細胞外液の減少により循環血液量が低下して血圧低下、頻脈などが先行して現れる。
高張性脱水
高Na血症を伴い、血漿浸透圧が上がるため細胞内液が細胞外へと移動して細胞内脱水となる。口渇や高Na血症による症状が現れる。
等張整脱水
Na濃度は正常に保たれた脱水。多量の細胞外液が喪失すると、頻脈や血圧低下が現れる。口渇感のため水分のみを摂取すると低張性脱水へと移行する。
輸液の種類について
電解質輸液
普段使用している多くの輸液製剤がこの電解質輸液にあたります。
ソルラクトからソルデム3Aなど様々な輸液製剤がありますが、原則的には2種類の組成から成り立ちます。それは生理食塩水と5%ブドウ糖液です。
晶質液
細胞外液のことであり、生理食塩水などがこれにあたります。
生理食塩水を多量に投与すると血中HCO₃‐が希釈されて代謝性アシドーシスを来してしまうため、緩衝作用を目的に乳酸や酢酸を添加したリンゲル液があり、多量に輸液する場合は通常リンゲル液が用いられます。(ラクテック、ソルラクト、ソルアセトF、ポタコールなど)
膠質液
アルブミン製剤は5%で血漿と同等のアルブミン濃度であり、投与量=血漿量となります。
25%アルブミンは血液中に投与することで間質液を血管内に引き込む効果があり、(アルブミン1gにつき約20mlの間質液を引き込む)投与量の3~4倍の血漿量増加が期待できます。血漿増量効果は12~16時間程度です。
デキストラン、HES製剤(ヘスパンダー等)はそれぞれでんぷん、ブドウ糖の重合体であり、血漿に留まりやすく12時間程度の血漿増量効果が期待できます。しかし、1500ml/日以上の投与で血液凝固障害を来し、出血症例では推奨されません。
その他輸液製剤
他、脂肪製剤(イントラリポスなど)やアミノ酸製剤(アミノレバンなど)、高カロリー製剤(エルネオパ、ピイーエヌツインなど)があり、脂肪、アミノ酸、カロリーの投与したい目的に応じて選択されます。
輸液投与後の分布
輸液を生理食塩水と5%ブドウ糖液でどのように分布されるかを表した表です。
生理食塩水は細胞外液に留まり、5%ブドウ糖液は細胞内液を含めて体内に均一に分布します。輸液を500ml投与すると、生食は血管内に約125ml残り、5%糖液は血管内に約40ml残ることになります。
輸液の投与計画
輸液の優先順位
輸液を行うにあたって、考慮すべき優先順位があります。
- 蘇生
- 生体(臓器)機能維持
- 電解質の調整
- 正常な状態(生活)への復帰
電解質が変動していても蘇生を優先すべき場面では、許容しなければならないことがあります。
維持なのか補充なのか
輸液を投与するにあたって投与する量をまず決めなければなりません。水分の欠乏量がないかを観察し、欠乏量+1日の維持輸液量を決めていきます。
維持輸液量の計算
経口摂取ができない場合、1日の輸液量を決めます。下の式に当てはめて計算します。
・維持輸液量計算式
尿量+不感蒸泄+糞便水分量(おおよそ100g)−燃焼水
尿量、不感蒸泄、燃焼水(代謝水)の目安はそれぞれ下の通りでこの数値を当てはめます。
不感蒸泄 | 15ml/kg/日 15歳以下では(30ー年齢)ml/kg/日 ・体温1℃上昇ごとに15% 外気温30℃から1℃上昇ごとに15〜20%増加 ・発汗、下痢、嘔吐があれば下記喪失量を計算に含む ⇨軽症:+500ml 中等症:+1000ml 重症:+1500ml |
燃焼水(代謝水) | 5ml/kg/日 |
尿量 | 20ml/kg/日≒0.5〜1.0ml/kg/時 |
水分欠乏量の計算
脱水が疑われる際の水分欠乏量については下記4つの式で求めることができます。
- 健常時体重−現在の体重
- (1-45/Hct)×体重×0.6
- (1-7/TP)×体重×0.6
- (1-140/Na濃度)×体重×0.6
- ※注 2~4は血液が高張か低張かにより実際の水分欠乏量が変化する
[基準値:Hct=45%、血清蛋白(TP)=7g/dL、血清Na濃度=140mEq/L]
臨床症状による水分欠乏量の目安
身体症状による水分欠乏量の目安です。
欠乏の程度 | 症状 | 体重変化 | 欠乏量 |
軽度 | 口渇、尿量減少 | 2%減少 | 1〜2L |
中等度 | 高度口渇、乏尿、粘膜乾燥、脱力 | 6%減少 | 2〜4L |
高度 | 中枢神経症状 | 7〜14%減少 | 4L以上 |
その他計算式
・血漿欠乏量の計算式
体重(kg)×0.2×〔(測定Hct/通常Hct)-1〕
・自由水欠乏量の計算式
体重(kg)×0.6×〔(測定血清Na/140)-1〕
水分欠乏がある場合の輸液量計算
水分欠乏がある場合、維持輸液量にプラスして投与量を増やす必要がありますが、急激な補正は循環への負荷となるため安全係数をかけて算出します。
・補正輸液量計算
安全係数×水分欠乏量+維持水分量+維持量の補正(必要時)−経口摂取水分量
※安全係数は0.3~0.5を代入する また、病態に応じて輸液負荷が必要な場合があり目安を下記に示します。
- 敗血症を疑う場合:30ml/kg以上の細胞外液補充液を投与する。
- 薬物中毒時は目標尿量250~500ml/時が確保できるように輸液を投与する。
- 横紋筋融解症例では通常の2倍以上の尿量を目標に輸液を計画する。
電解質を考慮する
輸液の投与量が定まれば、電解質の過不足に応じて電解質の投与量を考慮していきます。
1日に必要な電解質
電解質ほ補正するうえで、一日に必要な電解質を下記に示します。
・NaClとして5g、Na⁺に換算すると85mEq
・KClとして4g、K⁺に換算すると52mEq
電解質の補正
電解質の異常がある場合、輸液による電解質の補正を考慮します。
電解質補正の計算や基準について表にまとめています。
高値 | 低値 | |
Na | 急性の場合(高Na血症発症から48時間未満) 1~3mEq/L/日の速度で24時間以内に正常値へ戻す。 10~12mEq/L/日を超えないようにする。 慢性の場合(高Na血症発症から48時間以上) 6~10mEq/L/日の範囲の速度で補正を行う。 | 4~6mEq/Lの上昇を最初の6時間で達成するよう調整する。 以降の24時間は10mEq/L以内にとどめる。 さらにそれ以降は8mEq/L以内にとどめるようにする。 予測補正Na濃度 Adrogué-Madias 式(輸液1リットル投与による変化) ⊿Na=(血清Na-投与するNa濃度)/(総体液量+1) |
K | Kを含む輸液の変更または中止を考慮する。 | 末 梢:濃度20mEq/L以下、速度20mEq/時以下 中心静脈:濃度40mEq/L以下、速度40mEq/時以下 |
Mg | Mg入りの輸液製剤投与の中止。 | 1mEq/kgを24時間で補充。 その後3~5日0.5mEq/kg持続点滴する。 |
Ca | Ca入りの輸液製剤は中止する。 低K、体液量の減少により高Ca血症を助長する。 | 下記計算式に従い、Ca投与量を決定する。 補正Ca濃度(mg/dL) =実測Ca濃度(mg/dL)+[4−血清Alb濃度(g/dL)〕 |
Pi | Pi製剤投与中であれば投与の中止または減量。 | Pi2.0㎎/dlから1.0㎎/dlの範囲が補正適応 1.25㎎/dl未満:0.08~0.24mmol/kgを6時間かけて 1.25㎎/dl以上:0.25~0.50mmol/kgを8~12時間かけて (※リン酸1mmol=0.5mEq=リン酸として31㎎) |
高度または慢性的な低ナトリウム血症がある場合、急激にナトリウムを補正しようとすると、濃度勾配に応じて細胞内から水が流出し細胞が萎縮します。麻痺、意識障害、けいれんなどの症状が出現し、これを脱髄症候群といいます。浸透圧の変化に最も敏感な橋で生じやすく、橋中心脱髄症候群とも呼ばれます。そのためナトリウムの補正は時間をかけて慎重に行われる必要があります。
投与するカロリーを考慮する
1日に必要なカロリーは25~35kcal/kg/日と言われています。経口摂取、経管栄養ができない場合、は経静脈的にカロリーを投与する方法しかありませんが、3号液(維持液)を2000ml/日投与したとしても200kcal弱にしかなりません。
投与したい量に応じてTPN(中心静脈栄養)もしくはPPN(末梢静脈栄養)が選択されますが、高カロリー輸液の長期投与は非生理的でもあり、早期に経口、経管栄養に移行できるよう計画されます。
まとめ
普段投与している輸液がどのように考えられているのかをまとめてみました。実際にはさらに病態を考慮して輸液を計画する必要があります。例えば心不全の患者に対して輸液を2000ml投与するのは非現実的です。また腎不全、肝不全、糖尿病などの代謝障害、脳梗塞などの頭蓋内のイベント、小児などの年齢に応じてなどさまざまな要因を考える必要があります。いずれ病態別の輸液計画の特徴について更新できたらと考えております。